北米釣り紀行(2

 

Written by leon

 

「パシフィックベイビー」

 

しかし噂にたがわず物騒な町である。

ここ「トーランス」はロスの南隣にある、ジャパンタウンと言っていいくらい日系人が多く住んでいる町なので、ロスの下町より比較的安全であるらしいのだが、当時、俺が住んでいたアパートメントから数百メートルしか離れていないガソリンスタンドで射殺事件があった。

 

事件はこうである。

 

不良グループの対立が深夜に起きたらしく、そのガソリンスタンドでたむろしていた少年少女グループを、一方の不良グループが敵方と勘違いし、車の中から関係のない彼らに無かって発砲!一人の少女に命中して即死。

 

その少女はスパニッシュハーフで、とても美しく、モデルの仕事をしながらハリウッドスターを夢見ている田舎出の17歳だった。全く悲惨である。

 

その日は一日中テレビでその事件の報道をしていた。その二ヶ月前にはこんな事件があった。

 

やはり数百メートルと離れていないスーパーマーケットで、永住しているのかどうか定かではないが、日本人中年紳士がそこで買い物をし、うかつにもレジで札束の入った財布を開けて支払いをしたのだそうな。

 

多分近くでソレを見ていたよからぬ人物が紳士の後を付け、紳士が車で自宅に帰りつきガレージに車を入れるため一旦車を降りたところを、後ろから近づき頭部めがけて拳銃を発射!金品を奪って逃走、紳士は即死であったそうな。

 

ある日、翌日の休日のために昼休みにウェブマップを開き、釣り場を検討していた俺に、日系三世である秘書の女史が、あるものを手渡してくれた。

 

なんだろう?と受け取り、地図状に丸めてあるその印刷物を広げてみると、ソレはまさに地図ではあったが、驚いた事に「凶悪犯罪発生マップ」であった!。

 

ロスアンゼルス群の全域地図で、主に「殺人事件」の発生件数を過去3年分ほど地図上に「赤点」で記してあるのだ。

 

予想通りロス市の中心付近がもっとも多く、一番大きなバスターミナルがある場所の裏辺りに赤点が集中していた。しかし、かなり安全と言われているパトロール巡回が密な住宅区域でも、日本では考えられないほどの凶悪犯罪の発生率であった。

 

女史は俺が良く一人でウロウロと出かけるので、犯罪に巻き込まれるのを懸念していつも注意してくれるのだ。こちらに来て以来、耳にタコほど注意を促される。

 

「人気の無いところへ行くな」「夜は出歩くな」「単独行動はするな」「高価な服装はするな」「財布は持つな」などなど…。

 

しかし俺は「狂」の字がつく釣り人、休みの日にじっとしているわけも無く、さりとて現地では釣友も少ない私のこと、当然の如く単独釣行に及ぶ…。

 

決して怖くないわけではないが、いずれは儚くなるこの身、同じ死ぬのなら「釣りの最中に」と常々の覚悟は出来ているつもりだ。

 

=サンディエゴへ=

 

翌日早朝、準備は万端である。リグは十分に仕込んだ。フックもキンキンに研いである。ガソリンも満タン、ライセンスも持った、この間の二の舞はゴメンだ!

 

今日は前回よりサイズアップを果たしたい、狙いはキャリコバス&サンドバスである。前回は初めてのサンディエゴだったので、市街地、観光地のそばで釣りをしたが、今日は少し冒険をしてみよう!

 

町外れの半島状に突き出たエリアが潮当りもよさそうだ、マップでルートを確認し要所要所のインターチエンジを頭に叩き込む。

 

地元の洗車場で5ドルで買った、60年代ロックのカセットをデッキに叩き込み出発だ!懐かしいメロディーが流れ出す。

 

半端に思い出す歌詞を口ずさみながら、朝焼けのフリーウエイへと車を走らせる。気分は非常に良いのだが、少々胃が重い。

 

それもそのはず、昨夜はチャイニーズタウンまで買い物に出かけ、どこぞのファミリー金融のCMに出てくる、あの爪のでっかい「オマールエビ」を、つい勢いで4ポンドクラスの大物を頼んでしまい(それにしても安かった。約3千円だった)ソレをアパートに持ち帰り夕食にしたのだが、一人ではさすがに大きすぎた。何せ爪一つでフライパンがいっぱいになる大きさなのである。

 

さらによせばいいのに、また朝から片方の爪をソテーにして食ったのだ。美味かったけど、朝からバターたっぷりのソテーはやはりちょいとね(笑)

 

胴体の方は白ワインで蒸して半割りにしてあるので、尾の身を半分ほど使い、レタスとトマトではさんでタルタルソース(もちろん手作りだぞ!)を掛け、スライスしたバゲットではさんだサンドウイッチをランチ用にクーラーボックスへ仕込んである。

 

先日のメックスバーガーの不味さは二度と体験したくなかったのでね(爆)

 

先回の「フェイクライセンス事件」を思い出しながら、改めて憤慨したり、ニヤニヤと自嘲したり、

好きだった曲が掛かると、おっ!と、必死に歌詞をトレースしてみたりしていると、

あっという間に時間は過ぎ、最初の叉路へ差し掛かる。

 

よし、コレを右だな!とサイドボードに置いたマップを横目で見ながらフリーウエイを降りる。ひとしきり高層物の全く無い市街地を走る。いや、ほんとに一歩ロスの中心部を出ると二階建て以上の建造物を見る事は、難しいほど見事に無い。

 

何せ土地が広いのだ。ばかばかしいほどね…。

 

やっと住宅街を抜けると、海岸線に出る前に必ずといって良いくらいある「丘陵地帯」が見えてきた。西海岸は太平洋プレートが隆起してシワのように海岸線に大きな丘を形成している。砂漠のような荒地が多いカリフォルニアも、この丘陵地帯はなぜか水が多いのか、緑なす美しい風景になっているところが多いのだ。

 

道路が頂上付近に差し掛かり、見る間に目の前に素晴らしい景観が広がる。雲ひとつ無く、浅い色の大海原がドッと視野いっぱいに広がる。しかし、この太平洋の景色はいつ見ても物凄い!

 

高知県などから見る太平洋より、はるかに広いような印象を受けるのはなぜなのだろうか?陸地側に建物が少ないと、こう見えるのか?俺だけではなく、この景色を始めて見た日本人は皆同じ感想を持つようだ。

 

眼下の海岸線をチエックすると面白いものが見えた。なにやら埋立地のように見える。

 

左右の海岸線より海側に張り出すように、空っぽの平坦な土地が真四角に造成してあるようだ。しかも半島の先端少し手前である。こんな美味しそうなところを見逃すわけにはいかない。

 

はやる心をいつものようになだめながら、急いで丘を駆け下りる。近くまで行って見ると思いのほか大きい造成地だった。

 

幅は1キロ近く、奥行きも水きわまで500メートルはありそうだ。おまけに道路沿いはフェンスが張ってあり、入れない。

 

クソ!ダメか?と思いながらフェンス沿いに走っていくとゲートがあった!扉は開いたままである。見てみると鍵らしい鍵もついていない。

 

良し!コレなら出られなくなることは無いだろう!行ってしまえ!と、また無謀な冒険心が(釣りたい一心だが)頭をもたげてしまった。

 

ゲートをくぐり、そのまま直角に海まで一目散にアクセルを踏む。だだっ広い埋め立てのど真ん中を猛然と砂埃を上げながらフルスロットルで進む。何でこんなに急ぐのか?笑いながら意味の無い自問自答をするまもなく水際へ到着。

 

水際は普通にコンクリートとアスファルトで護岸がしてあった。覗いてみると、しめた!あるじゃあないか、捨石!日本のようにみっちりと敷き詰めた捨石ではなく、結構あいまいにごろごろと積んである感じ!コレがまたそそる(笑)。

 

その捨石は1メートルほど冠水しており、2メートルほどの幅で敷設されて、底へと落ち込んでいる。ボトムは深くて透明度が高い割りに全く見えないが、藻が十分な密度でみっしりと生えている。水深は思ったとおり、海岸線より突き出た埋め立てならではで、十分ありそうな深い水色をしている。コレはもうロックフィッシュマニアには垂涎のシチュエーションである。

 

早速タックルを取り出す。

 

Gルーミスのミディアムハード6.8フィートのバスロッドに、16ポンドフロロライン。リグは少し考えてから、底が完全なロックエリアと判断し、根掛りを考慮してヘビーキャロライナリグにする事にした。

 

ワームはエコギアのカーリーグラブMプロブルーをチョイス。北海道でアイナメ釣りに水爆的に効いたワームだ!当然オフセットで挑む。とりあえず底の状態を把握しようとフルキャストする。

 

シンカーが2分の1オンスなので到達は早かったが、10メートル以上ある感じだった。リグが底を切るスピードで引いてみると案の定ところどころで岩にごつごつとコンタクトする。ムウっと言う感じで藻にも当たる。

 

コレで釣れないわけ無いぞ!とほくそえみながらブレイク肩付近をズリ上げていると、来た!いきなり来た!ゴンッ!と明確なバイトである。

 

合わせる!グンッと命の躍動を伝えてルーミスがブチ曲がる!ドラグがずるずると出て行く!ヤバイ、ゆるすぎた!急いでドラグを締めて対応する。やった!この感触はキーパーだ!絶対そうだ!カッと頭に血が上り、体中の毛穴からアドレナリンが噴出するような妄想を得た!奴もかなりの頑張りを見せる!焦れるような2~3分の攻防の後、観念して浮き始めた。もうこちらのものである。グゥワバッっと水面で暴れ、もう一度潜ろうとするがロッドの反発で思うようには潜れず何度か最後の突込みを試みて浮いてきた。

 

浮かせたまま、一段低くなっている下の出っ張りへ飛び降り、何とか手が届いたのでそのままハンドランディング!グローブをした手であごをつかんで、そのまま上へ放り上げる。横たわった「奴」を観察してみる。キャリコバスだ。見事なプロポーションだった。サイズは50センチを少し切る辺りか?幅広の立派な体高と体の厚み、淡いオレンジ色の下地に茶色の斑紋。タフな白人女性を彷彿とさせる魚だった。

 

まさに「パシフィックベイビー」と呼ぶにふさわしい、明るく派手な印象の魚だった。十分にキーパーだと判断した俺はすぐに生き締めを施し、クーラーを取り出してキッチンペーパーで巻き、「サ・シ・ミ」にすべく大事に仕舞った。

 

すでにかなりの満足感はあるものの、あまりに簡単に釣れた為に更に検証を重ねるべく、再びロッドを手にし、まずビールを飲むか?釣りを続行するか?

と若干の思案をしていたら、かすかにエキゾーストノイズが聞こえたような気がし、不安になって振り返ると、来ている!こちらへ無かって車が!

 

凝視するとどんどん近づいてくるその車は、アメリカンフルサイズのオンボロセダンで、遠目にもボディのカラーがハゲハゲで「まともじゃない」事が見て取れた。

 

一瞬にして恐怖を感じた私は急いで逃走準備に掛かる。

 

クーラーを空いた窓から投げ込み、ロッドとタックルボックスを抱えて乗り込もうとすると、その車は私の車の前方をさえぎるように停車し、野太い声でなにやら叫びだした!

 

目線を合わせないようにしていたのだが、一声で黒人だと判るザラザラした音声だった。

 

私が反応せず車に乗り込もうとしたせいか、運転していた男が車を降りこちらへやってきて、あろう事か「アーユー、ポリスオフィサー?」と聞くではないか?

 

半分ちびっている私は「ノー!アイムジャストフィッシャー!」と素直に答えると、

車に残っていた他の3人ほどの黒人達が「ヒャッハー!」と奇声を上げ、車を降りてトランクから何や取り出す様子。

 

げ、何をされるんだ?ロープか?ショットガンか?どうなるのだいったい?

 

半ばあきらめ半分、かつ生きた心地のしない俺を見つめながら、運転をしていた大男の黒人がニヤニヤ笑いながら「で、釣れたのか?」と聞く。

 

返事もままならずモゴモゴしていると、トランクへ廻っていた3人がなにやらごっそりと抱えてこちらへやってくる。ありゃあ?釣り道具ではないか!

 

ありゃあ、な、何でだ?一瞬では判断つきかねた。恐怖がそうさせた。よく見ると、他の3人は体は大きいものの、どうやら小学生~中学生くらいの年齢の様子。

 

「で、俺たちもそこで釣っても良いかい?」

 

「君がポリスに見えたので、確認したのだが、安心したよ」

 

って?はあ?

 

何の事はない、釣り好きの黒人オヤジが息子達を連れて釣り来たのだと、そのセリフで理解し、腰が抜けるほど安心したら、わきの下が冷や汗でいっぱいだった。

 

驚くぜ、実際!

 

何にも無いだだっ広い空き地で、おシャカ寸前のオンボロセダンに乗った黒人四人!秘書女史は「黒人に近寄るな」「歩行者に近寄るな」「オンボロ車は裂けて通れ」なんて、いつも俺にすっぱく注意をするし…。

 

ともあれ

 

「釣らないのか?帰るのか?」

 

「ココは良さそうだな?」

 

とニコニコと話し掛けてくるので、

 

(この笑顔がさっきまでは笑顔には見えなかった。あはは!)

 

「いや、チョッと喉が渇いたので…」

 

(喉も渇くわなそりゃあ!爆)

 

と、言い訳をし、

 

ギャングと疑った自責の念もあって

 

「ビール飲むか?」

 

と差し出したら

 

「おお!サンキュー」

 

と素直に手を出してきた気の良いオッサンだった。

 

安堵。

 

彼らがめいめいタックルを準備して、塩漬けの死にイワシを餌にぶっこみ釣りを始めたので、ビールを飲みながらしばし観戦していたが一向に釣れる気配が無い。

 

あれ?魚居ないか?と、俺も再開すると、わずか2投で先程のより小型がヒット!難なくキャッチしてリリースすると

 

「おお、何で逃がすんだよ!くれよソレ!」

 

と言う。レギュレーションがあるだろう!と俺が言うと

 

「ハッ!ソー、ファッキンワッツ」

 

ソレがどーしたノープロブレム!ときた(笑)困ったもんだ(爆)

 

俺が立て続けに釣る間に彼らは一匹も釣れず、さすがにあせったオヤジが教えを乞うてきたので、同じリグを4人につけてやり、少しのレクチャーをしてやるとなかなかみんな筋が良く、ソイのような魚や、キャリコや、ヒラメの小さいのをそこそこに釣って大はしゃぎ!

 

ビールを勧めると親父はとめどなく飲んで、1ダースのハイネケンがあっという間に消えてしまった。

 

半日近くそうやって遊び、他に邪魔も入らず楽しく過ごしたが、しかし、備えあれば憂い無しとはいうものの、俺の大きな勘違いは自身を数時間に渡って苦笑させ続けるだけの出来事であった。

 

まだまだ「アメリカ素人」の俺である。

 

ちなみに、前回のストローハットはメックスと間違われて適わないので、今回はテンガロンハット風のものをかぶっていたのだが、コレをオヤジはカリフォルニア州警察の帽子と見間違えたらしい(爆)

 

1998年 トーランス・カリフォルニアにて

 

Written by leon